「リコリス・リコイル」はなぜヒットしたのか

リコリス・リコイル」がヒットした理由について、自分の考えをまとめました。あくまでも私見なので気楽に読んでいただければと思います。

 

①コンテンツが飽和した今の時代に適した戦略

動画配信サイトやスマホの普及とともに、ここ10年でコンテンツの数や種類は爆発的に増え、視聴者は膨大な数の選択肢を手にすることとなった。今や視聴者が様々なエンタメの中から本当に面白いと思えるものだけを選んで見ることができる時代。ネット上で評判を検索して、面白そうなものだけ見ればいい。周りで話題になっている作品だけ見ればいい。ただでさえエンタメが飽和しているのだから、面白いか分からないコンテンツにまでわざわざ手を出す必要性がない。

このような時代だからこそ、アニメにも求められるものがある。それはズバリ、”分かりやすい魅力”。放送前の段階で、これ面白そうだなぁ、と思わせるだけの分かりやすい魅力がないとそもそも見てもらえない。見てもらえなければ話題にもならない。話題にならなければあとはただ一部のマニアの間だけで消化されて埋もれるだけ。

たとえ1話を見てもらえたとしても、つまらなければすぐに他のコンテンツに移られてしまう。1話からしっかり面白さを提示しないと勝ち残ることができない。一昔前は”3話切り”と言われていたけど、今や”1話切り”の時代。最初から面白くないとヒットすることは難しい。

 

纏めると、今の時代にヒット作になるために必要な条件は

・放送の前段階で視聴者に期待され得るだけの魅力を提示すること

・1話から分かりやすく面白いこと

そしてもう一つ忘れてはならないのが、

・1話で掴んだ客をきちんと定着させること

だろう。

 

これを踏まえてリコリコについて見てみると

・ビジュアルが良い

キャラデザが可愛いというのはシンプルにして、最大の強み。パッと見のキャラの可愛さに惹かれて視聴を決める視聴者は少なからずいるはず。

・恵まれた放送枠

土曜夜は大半の人にとって翌日が休みで、夜更かししてアニメを見てもらいやすい、いわばアニメ界のゴールデンタイム。その中でも23:30~24:00の枠は、比較的浅い時間帯でリアタイしやすい上に、関東地上波局とBS11が同時放送して全国の視聴者が同時に視聴できる理想的な放送枠。視聴者にとって見やすく、注目度の高い枠で放送することができたことで、放送前から相当大きなアドバンテージを得られた。

さらにアニプレックスパワーで宣伝体制も盤石。ツイッター上でのPRやCM、PVで注目度を高めるなどして、1話放送前の時点である程度多くの顧客を手にすることができていた。

・1話の面白さ

冒頭のナレーションで引き込み、不穏の種を撒きながら、テンポの良い掛け合いと良質な戦闘シーンで主人公たちの可愛さとカッコよさを存分に見せていく理想の1話。”ただならぬ設定””魅力的なキャラクター””カッコいいアクションシーン”と分かりやすい魅力を次々に提示することで、開幕早々多くの視聴者の心を掴めた。

・3話までの構成

1話で引き込んだ視聴者を離すことなく、3話で一つ大きな盛り上がりを作れていた。3話までをメイン二人の関係性の描きに費やすことで、ちさたきはカップリングとして定着。良質な”百合作品”としての立場を序盤から確立できたことで、様々なジャンルのオタク界隈に遍在していた百合好きの多くを取り込むことができた。

 

この4点においてまず開幕段階でのスタートダッシュに大きく成功した。一旦評判になってしまえば、口コミや二次創作を通じてどんどん視聴者の輪が広がっていく*1。最初は話題になっていなかったけど後から追い上げて、最終的に大ヒットなんて作品はそうそうない。売れるには最初が肝心。リコリコはそこを抑えられていた。(この後4話である種のミーム↓を作り出せたのも、視聴者層の拡大に貢献しただろう)

 

 

②キャラクターを魅力的に描くための工夫の数々

①では放送前~序盤の構成の上手さについて触れたが、次は今作最大の武器にして最大の魅力、キャラクターについて考えていく。その前に現代の(特にオタク層の)視聴者の趣向について確認しておく。

あくまでも私見だが、今の時代の視聴者は分かりやすさを求めていると思う。決して難解な設定やストーリーなど求めてはいない。求めているのはあくまでも分かりやすい魅力。ただでさえ見たいエンタメが飽和しているのだから、その一つ一つを見るのに頭を使いたくはない。深く考えなくても面白いと思えることが求められている。

これに合致するのがキャラクターという存在。キャラクターを魅力的に描くために綿密な下準備や膨大な設定は必要ない。裏を返せば、キャラクターを理解するのにそれほど沢山の情報は要らない。キャラクターは最低限の設定だけで魅力を出せる貴重な存在。さらに一旦設定を提示してしまえば、あとは視聴者側が二次創作で勝手に盛り上がってくれる側面もある。

近年のソシャゲやVTuberの流行もこのキャラクター消費の側面から説明できると思う。結局視聴者が求めているのはとにかく分かりやすく魅力的なキャラクター。だからキャラ売りに特化したソシャゲや、配信者が二次元キャラの皮をかぶっただけのVTuberが受けるし、それらの二次創作も膨大に存在する。

結局のところ、現代のオタクはキャラクターのみをエンタメとして消費していると言っても過言ではない。そこにリコリコという作品は完璧に適合していた。

 

以下リコリコがキャラクターを魅力的に描くためにとった戦術を挙げていく。

 

・デザイン面

先述の通り。可愛いは最大の強み。ほっぺたぷにぷにのキャラデザがおそらく今の流行り。いみぎむる氏の登用も嵌った。

・自由度の高い演技

通常のアニメではコンテの段階で台詞ごとの秒数を決め、その秒数の縛りの中で声優さんが声を吹き込む。一方リコリコは、声優さんに自由な尺感で演技させ、それに合わせてコンテを修正する方針を取った*2。大まかなコンテをいったん作り、演技してもらい、その演技に合わせてもう一度コンテに修正をかけて、それから作画作業に入る。手間のかかる制作方法だが、その分コンテに縛られすぎない、テンポの良い掛け合いが実現できた。

・声優さんへのディレクション

今作は声優さんとキャラクターのシンクロ度合いが全体的に高い(小清水さんなんてほぼミズキ)。これはつまるところ、中の人の素の声質、素の声の高さからそれほどズレない範囲で演技が成立していたことを示す。素の声と大きく異なる演技をさせなかった、ディレクション上それを求めなかったことで、声優さんにとって自由に演じやすい環境を作り出すことができた。だから全体的にキャラクターが活き活きして映る

・アドリブの多さ

度々リコラジでも話題になっていた*3ように、リコリコは深夜アニメの中でもかなりアドリブの多い部類の作品。何気ないリアクションや反応は声優さんの好きにさせる。すると中の人独特の癖や魅力がキャラクターにも投影され、制作陣の創作だけでは実現しえない独特のリアリティを持ったキャラクター像が形作られていく。作られたキャラクター像に中の人のアドリブが加わることで、制作側と声優さんの成分が上手い具合に混ざり合った、絶妙な実在感を持った魅力的で親しみやすいキャラクターが出来上がっていた。

・生っぽさ

以上3点で見てきたように、リコリコは今までのアニメではあまり見られなかった演技方針を取ったアニメであり、実在感のある親しみやすいキャラクターの、作為を感じさせないテンポの良い掛け合いが受けたと言える。

近年、一般層向けのアニメは、子供世代もターゲットに含むこともあってか、テンポを遅くして台詞を分かりやすく伝える方向に進んでいると感じる(鬼滅の刃SPY×FAMILYなど)。

一方でリコリコはその流れに完全に逆行して、とにかく自然でテンポの良い会話を重視した。そのために自由な尺感で生の掛け合いをさせることを選択した。台詞被りやアドリブもかなり寛容に取り入れた。このキャラクターの親しみやすさや掛け合いの魅力を重視した方針がティーン層以上の、比較的年齢層が上の世代に偏在している)オタクに刺さったと考える。このような演技方針はグリッドマンでも見られたが、それをさらにブラッシュアップして会話のテンポ感と生っぽさを突き詰めたのが今作の特徴と言えよう。

・千束のキャラクター造形

打って変わってキャラクター自身の設定の話。主人公が魅力的であることは、ヒット作にとってこれまた必須級と言っていい条件。魅力的な主人公は話全体を面白く見せるし、主人公そのものが視聴の動機になったりもする。その点、千束のキャラ造形が非常に重要であったのは間違いなく、ここで視聴者にバッチリ受けるキャラクター造形を持ってこれたのが今作の成功の大きな要因となった。

千束のキャラ造形の特徴は大きく分けて二つ、明るいのにうざくないこと、そして普段の可愛さと戦闘中のカッコよさのギャップ。前者は制作側の絶妙なバランス感覚と安済さんの演技力によって下支えされていた。明るくてうるさいキャラは、一歩間違えるとうざくて面倒くさいキャラにも映りがち。しかし千束は明るくてよく喋って距離の詰め方も凄いのに、不思議とうざくはなく、魅力的で可愛らしい主人公として好評を得ることができた。よくぞここまでバランスのいいキャラ造形が出来たものだと感心してしまう。

後者はキャラクターを魅力的に見せるための典型的な方法。キャラクターは一側面だけではなかなか魅力的に見えてこない。千束もただ明るいだけではなく、戦闘シーンでは接近戦最強キャラとして、1話から何度もカッコいい姿を見せてくれていた。普段の明るい側面と、戦闘中のクールでカッコいい側面。2つの面のギャップが視聴者の心をがっしりと掴んで離さなかった。

 

 

③視聴者に能動的に考察させる巧みな構成

キャラクターで多くの視聴者の心を掴むことに成功したリコリコだが、それだけではなかなか盛り上がりが持続してこない。リコリコが1クールに渡って盛り上がり続けたのは、ストーリー面でも秀でた部分があったからこそ。この項では構成の良さについて考える。

 

・情報の出し方の上手さ

DA、アラン機関、銃取引、ウォールナット、ロボ太、吉松など、終盤まで関連してくるキーワードが1話の段階で殆ど出てくる。特に中盤以降は情報の後出しが殆どなく、必ずと言っていいほど前の回までに描写された内容をもとに大筋の展開が組まれている。これはすなわち、真相が明かされるまでの間に、最低1週間は、与えられた情報を踏まえて視聴者が考えを巡らせるだけの時間が与えられていたということ。断片的な情報を適時適切に提示していくことで、視聴者に能動的な考察をさせることに成功していた。

またその情報の出し方も、ニュース映像や何気ない会話の一部など、視聴者の記憶に自然と留まるような形にされていたのが上手い。設定をくどくど台詞で説明されると理解する気も失せるというものだが、今作はあからさまな説明台詞を殆ど使わず、何気ない会話や日常風景の中で情報を出すことを徹底していた。これならば様々な情報や知識も、無理なく頭に入ってくる。

・キャラクターと組織がセットになった構図

様々な組織が登場するリコリコだが、その組織は必ず少数の登場人物によって代表されている。DAであれば楠司令、リコリスであればちさたき、フキサクなど。アラン機関は吉松だけしか出てこなかったし、テロリストは全て真島の部下として処理された。

とにかく組織間の対立という取っ付きにくい構図を、キャラ同士の対立や関係性という分かりやすい段階にまで落とし込めていたのが上手かった。だから情報量の多さの割に、視聴者が簡単に内容についていくことができ、作品を真剣に繰り返し見るディープな層のみならず、そこまで真剣には見ていないようなライト層までもを、置いてきぼりにせず視聴者として取り込むことに成功していた。

・たきな=視聴者

今作の基本は、何も知らないたきなに対して千束が説明するという構図。人工心臓の件もそうだし、リリベルの時もそう。視聴者が驚くような情報が提示されるときは、必ずたきなも一緒に驚いている。何も事実を知らされていなくて、視聴者と同じテンション感でリアクションしてくれる存在、それがたきなだった。たきなの存在によって視聴者と作中世界のテンション感が合致し、見易さに繋がっていた。

視聴者と作中世界のリアクションが一致することは凄く大事で、例えば作中のキャラが爆笑しているのに視聴者側からすると全然面白くない、とか作中のキャラは泣いているのにこっちは全然感動もしていない、のように作中と視聴者の感情が一旦ズレてしまうと、視聴体験の質は大きく損なわれてしまう。こういうズレを抑えるための存在として、たきなは上手く機能していた。

 

 

 

以上主な3項目に関して、ざっと上げてみました。他にも喫茶リコリコ公式アカウントの存在、リコラジ、ツイッター上で曜日ごとに毎週出された企画の数々、スタンプラリーによるツイート奨励……などなど宣伝方面での様々な努力が重なった結果、リコリコは(オリジナルアニメとしては)近年稀に見るほどの大ヒットを記録できたと考えています。

大事なのは、これまで挙げてきた各要素の1つ1つが特段革新的なものだったというわけではないということ。同じような特徴・方針を持つアニメ自体は探せば普通に存在するはずです。リコリコが革新的だったのは、これらの要素を1つの作品に纏め上げたこと。1つの作品にこれらの要素を全て取り込んでしまえたこと。既存のアイデアの革新的な組み合わせによって「リコリス・リコイル」の大ヒットは実現されたのだと思います。

 

 

*1:リコリコは特にメイン二人のビジュアルの良さとカップリングの存在で当初から二次創作が盛り上がっていた印象

*2:ソース:

www.animatetimes.com

*3:小清水さんゲスト回が特に分かりやすいか。

www.youtube.com