『アイドルマスター シンデレラガールズ U149』8話について、千枝の心情と、それを表すレイアウトに着目しながら紐解いていきます。
脚本:村山沖
絵コンテ・演出:片岡史旭
総作画監督:井川典恵
序盤~千枝の現在地~
まず初めに印象的なのはこのカット。
仁奈の着ぐるみの尻尾を直してあげられないか、と頼まれた千枝が、裁縫道具入れを手前に引き寄せるカットです。頼まれたけど、人の物を直す自信がないから、つい隠してしまうわけですね。そして伏し目がちに俯く。
この前のカットで小春に一緒にお絵かきしないかと誘われた時、「せっかく可愛いのに、勿体ないよ」という台詞を発しているように、千枝は”他の人の物を扱うこと”に対する自信がないことが分かります。裁縫に限って言えば、人の服を直そうとして失敗してしまうのが怖い。だからつい裁縫道具入れを手前に引き寄せて、裁縫が出来る事実を隠そうとするわけです。
また8話では特に前半、多くのカットで千枝は一歩下がった位置に描かれています。例えばプロデューサー(以下P)と一緒につかささんのファッションサイトを見ている、この場面もそう。
千枝自身の遠慮がちな性格を、キャラクターの立ち位置からも補強しているわけですね。そんな中、千枝の顔をアップで映すカットもいくつかあります。例えば次のこのカット。
一般にキャラクターが画面に大きく映っていたり、真ん中に映っていたりするカットでは、そのキャラクターに対する視聴者の注目度が大きく高まります。直感的に考えても、あるキャラクターが画面の端にちょこんと映っているカットと、画面の真ん中にでかでかと映っているカット、どちらの方がキャラの言葉や行動に注意を向けやすいかと考えれば、当然後者でしょう。
そしてこれは一度、この文章を読んでいる方々にも自分の目で確かめて欲しいことでもあるのですが、特に8話の序盤・中盤において千枝が中央に大きく映っているカットというのはそれほど多くありません。むしろ少しだけ配置が偏っていたり、誰かの後ろにいるように描かれていたりするカットがよく見られます。
つまり8話では、”千枝を大きく映す or 中央に映す”ようなカットの数が限定されています。これによって千枝が大写しになるカットを、より重要な場面として印象付けているのです。そしてこうした視聴者の注目を集める*1カットにこそ、そのキャラクターを知る上で重要な台詞があったり、核となる心情が表されていると考えることができます。
ここではつかさへの憧れの気持ちが述べられていますね。つかさはアイドルでありながら、ファッションブランドの社長であり、自らモデルもこなす大人の存在です。そんなつかさへの憧れは、この話数を読み解く上で重要なパーツになってきます。
同じく千枝の顔が正面から映された上のカットも、つかさへの憧れの心情を補強していると言えるのではないでしょうか。
さて、女の子向けブランドのモデルをやって欲しいという依頼が来ていると知った3人。みりあと小春は前向きですが……
やりたい気持ちはありながら、積極的になれないのは、裁縫と同じです。それでも他の2人に誘われて
頑張ろうと、拳を握ります。とはいえ画面上の立ち位置は右に寄ったまま変わらず、一歩踏み込む描写もありません。この後の展開を踏まえても、この段階での決意は比較的弱いものと言えるでしょう。
次につかさと実際に対面した場面。
やはりつかさに対する憧れのまなざしがそこにあります。
とはいえ大半のカットで千枝は一歩引いた位置にいて、遠慮しがちなことには変わり有りません。
続いての千枝のアップ。
一枚の絵だけで解釈するには難しい場面ですが、直前のつかさの台詞が
で、次のこのカットの台詞が
なのを鑑みると、憧れの存在に触発されて自分も頑張ろうと思う、などの尊敬に起因した正の感情であると考えるのが自然でしょうか。
さてこの後、つかさの仕事を手伝い、商品を丁寧に扱っていることについて褒められる千枝ですが、ここでは画面右半分に偏ったレイアウトが為されています。
一方で、Pに「佐々木さんは、うちの大事なメンバーだから!」と言われた直後のこのカットは、千枝が正面に映っています。
繰り返しになりますが、キャラクターが正面に大写しになっているカットは、キャラクターの心情を読み解く上で大きな意味を持ちます。そしてこの場面では、つかさに褒められているシーンではなく、Pの言葉に対する千枝の反応を映したシーンにそのようなレイアウトが割り振られているのです。
ここから千枝にとっては、つかさに褒められたこと以上に、Pに大事なメンバーだと言われたことが心に響いていることが読み取れるのではないでしょうか。実際、この対比はこの後の展開とも合致しています。台詞には現れない部分で、演出がキャラクターの心情を補強し、後々の展開の説得力を高めている好例と言っていいでしょう。
中盤〜心情の転換点を印象付ける演出〜
続いて目のアップが使われているのはこの場面。
手を伸ばして触れたい憧れ……一旦ここでは、モデル業に対する憧れと捉えておきましょう。しかしそんな憧れには触れられないで、千枝は遠慮してしまう。
千枝の顔は鏡の向こうにしか映っておらず、現実世界の顔は意図的に画面の外に追いやられています。台詞として話している内容はあくまでも鏡の向こうにあるもの、すなわち建前であり、本音(現実世界の顔)は描写されていません。
今までは”他人の物を扱うことへの自信のなさ、恐怖”が描かれていましたが、ここで描かれているのは”自分がキラキラした服を着て、モデルとしてステージに立つことに対する自信のなさ”だと言えます。どちらに関しても、”やりたいけど、怖くてできない”という心理が何となく伝わりますが、今回は特に鏡を使うことで、口で喋っていることと本当の気持ちの間に”ズレ”があることを示唆しています。
千枝が本音を隠していることに対して、漠然と不安感が募ってくるところですが、追い打ちをかけるように目を映さないカットが挟まり、視聴者心理にさらなる負荷をかけていきます。
一般によく知られた法則として、”メラビアンの法則”というものがあります。これは人と人がコミュニケーションをとる際、話の内容などの言語情報が7%、口調や話の早さなどの聴覚情報が38%、見た目などの視覚情報が55%の割合で影響を与えるというものです。これをアニメの分野に当てはめると、視聴者はキャラクターの感情について、その55%を、表情などの視覚情報から得ていることになります。
目を隠すレイアウトは、表情から読み取れる感情の情報を大きく減らします。視聴者にとっては、感情を読み取る上で55%を頼っている主要な情報源が大きく損なわれるわけですから、必然的に、”キャラクターの感情が読めない”、”何を考えているのかはっきりしない”と感じてしまいます。するとよく分からないことに起因する漠然とした不安や、目以外の部分から読み取れる情報(口元から読み取れる感情や、声のトーンから推測できる感情)は本当に正しいのかという疑念が湧いてくるのです。不穏さを演出して、視聴者心理に負荷をかけるのには非常に効果的な手法であると言えるでしょう。*2
直後に千枝を目線で追うPの、心配そうな表情を映すのも、視聴者の不安を強める上でよく効いています。
この後、つかさがコーヒーをこぼして大惨事になりますが、千枝についてはこの一連のカットが印象的です。
ここで大事なのは次の3点、
- ”プロ”という言葉に反応する千枝が"真正面から大きく"映されていること
- 手の震え
- ”みんなを笑顔にする責任がある”という言葉への反応
まず1つ目、プロという言葉に対する反応を強調していること。これは冒頭、”大人のお姉さん”としてつかさにキラキラしたまなざしを向けていたことと重なります。”大人”、あるいは”プロ”。そのような存在に対する強い憧れと尊敬の気持ちが、8話では一貫して読み取れます。
しかしそんな憧れの存在も、怖くて手が震えるときはあるのだと、この場面で千枝は知るのです(2つ目)。そしてそれでもみんなを笑顔にする責任があると、前を向く姿に感化される(3つ目)。口元のゆるみは、憧れの存在の凄さを目の当たりにした時の武者震いに似た反応と思えば、何となく共感できる気がします。
しかし服のお直しを頼まれる流れになると、やはりまだ一歩引いてしまう千枝。
否定するような腕の動きを切り取ることで、後ろ向きな気持ちを視聴者に強く印象付けています。目を映さないことで不穏さも際立つ。
そんな千枝の心理を見透かすように、「自分のミスは自分で何とかすっからさ」と立ち去るつかさ。
千枝の目は再び画面から外れ、視聴者心理にさらなるストレスがかかります。
この後の、ソファーのシーンは今回の中でも特に印象深い場面と言えるのではないでしょうか。左右に離れたソファーの配置。寒色と暖色のコントラスト。柱の陰に入る千枝。
目線は下を向いて、Pの手助けも一旦は遠慮してしまう。
しかしPの「自分のこと、いつでも遠慮なんかしなくていいんだぞ?」の言葉に目線が上がります。上がった目線を後から画面で捉えることで、言葉を受け止めるまでの間を創出しつつ、画面を上方向にPANさせることで、千枝の心境の好転を印象付けています。
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「頼りにしてくれて嬉しかった」
「みんなの役に立つなら凄く嬉しい」
「みんなの大切なステージなのに、もし失敗しちゃったらどうしようって、怖くて、そればっかり考えちゃうんです」
今まで何度も示唆されてきた、”本当はやりたいけど怖いから一歩が踏み出せない”という本音が、千枝本人の口からここで初めて明確に示されます。これまで千枝の感情を、演出を通じて一貫して補強し続けてきたからこそ、この心情の吐露も説得力を持って受け止めることが出来ます。
「プロデューサーさんもドキドキするんですか?」その問いに勿論と返ってきて、思わず立ち上がる千枝。光へと踏み出す瞬間、カメラは反転して順光に切り替わります。
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暗がりから光へ。事態の好転を印象付けるのによく使われる手法ですが、カメラの向きを反転させることで画面に入る光の方向を変えているところがこの場面の最大の特徴でしょう。逆光で影に入っていた千枝を、今度は順光で明るく照らし出すことで、感情が好転したことをより強く印象づけています。
ずっと画面の下手側にいた千枝が、カメラの反転によって上手側に移るのも、また狙った演出でしょう。一般に上手側の方が強い印象を与えるとされますが、この場合は千枝の感情が負から正に動いたことを、下手から上手への立ち位置の変化で示していると言えます。
手の震えを確かめるのはつかさと同じ。つかさは憧れの存在でしたが、Pは千枝にとって、大人でありながら等身大に接してくれる身近な存在であると考えられます。憧れの存在のみならず、そばにいるPも怖さを内に秘めながら前を向いていた……その事実を知った千枝は、真正面から、画面の真ん中に映され、こう決意を口にするのです。
憧れのつかさ、頼りにしているP。そんな大人たちでも自分と同じように失敗を怖いと思っているという気付き。それが千枝の失敗を恐れる気持ちを、それでもなお挑戦するという強い意志へと進化させたのです。
そして今までは微妙に画面の中心から外れていたり、カメラ目線でなかったり、時には目すら映されていなかった千枝が、ここにきてついに画面の中央で、正面から映されます。そしてそれは千枝の心情がガラッと転換する、脚本上、最も重要な場面でもあるのです。
映像のピークと脚本のピークがピタリと一致し、視聴者の注目を最も集められる場面に最も重要な台詞が配置されている。これぞまさに理想的な演出と言えるのではないでしょうか。
終盤〜千枝が画面の中心で輝くとき〜
これ以降、千枝の心情の変化を反映するかのように、千枝を画面の中央に捉える、あるいは正面から映したカットが増えていきます。
例えばこの場面。つかさに「頼む、千枝の力、貸してくれ」と言われた千枝の表情は、画面の中央で真正面から描かれています。
他にも例えば、衣装が完成した後のこのカットとか、
自分の仕事をつかさに褒められて頭をなでられているこのカットとか。
千枝の心情の変化が、キャラの配置を通じてさらに明確に、そして印象的に示されていることがよく分かると思います。
完成した衣装に手を伸ばすカットは、鏡の中で本音を隠していたカットと対照的ですね。鏡の中に合っていたピントが、
鏡の前に移動する。
本音を曝け出して、一歩踏み出して、やりたかったことを実現して。
そうして鏡の中から抜け出して、憧れの存在に一歩近づいた千枝の姿がそこにあります。
さて、裁縫の面では一歩踏み出せた千枝ですが、モデルとしてはまだこれからです。やはりいざステージに上がるとなると緊張してしまう千枝。再び目は画面から外れます。
しかし再びPとの会話。
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千枝「千枝のこと見ててくれますか?」
P「あぁ、勿論、客席で応援してるからな」
画面の外にあった目が、上にPANすることで画面内に捉えられます。先ほどと同じく、Pとの会話を通じて千枝の心情が好転する様を、映像が見事に補強して、視聴者に伝えています。
それでもステージは広くて怖い。
思わず下を向いてしまう。
それでもPの声援、みりあと小春の差し伸ばす手に引っ張られるようにして、
モデルへの憧れも叶える千枝なのです(そして画面は真正面から千枝を捉える)。
最後に憧れの人のステージを間近で見るキラキラとした目線を映した後、
つかさのオファーを今度は自分でちゃんと断って、
ライバルとして、つかさと同じアイドルの道を目指す流れになります。
ここでみんなとアイドルをやることを優先するのは、勿論これまでの話の流れ全てが効いてきてのことですが、先に述べたレイアウトの対比(つかさに商品を大切に扱っていることを褒められた時と、Pに「佐々木さんは、うちの大事なメンバーだから!」と言われた時のキャラ位置の違い)も、このシーンに如実にかかっていると考えられます。
思えばこの時から、千枝の中では第三芸能科のみんなといることの方が大事だったわけですね。そしてこの8話を締めくくる決断を、物語中盤*3のシーンで前もって示唆している絵コンテの完成度の高さにも、驚嘆するほかありません。
EDではアバンを回収するように「ちえちゃんのおさいほう教室」が開かれ、
ちぎれた犬の着ぐるみの尻尾も、きちんと直されています。
最後の最後まで抜かりなく、完成度高くまとまった回だと言えます。
まとめ
最後に、改めて全体のストーリーを振り返ります。千枝は元々遠慮がちであり、失敗を恐れて、他人の衣服を裁縫で直すことにも、自身がモデルとしてステージに立つことにも奥手な少女でした。一方で自ら会社を立ち上げて服を作り、モデルとしても活躍するアイドルであるつかさに対しては、一貫して憧れを抱いていました。
そんな千枝が大人でも失敗は怖いと知り、自分もみんなを笑顔にしたいと前を向くまでの流れが、中盤から印象的な演出とともに描かれていました。そして最後には”裁縫スキルでみんなの役に立つこと”、”モデルとしてステージに立つこと”の2点を見事にこなして、みんなを笑顔にすることができた……そしてそれは同時に、ブランドの社長とモデル業の2役を1人でこなす、つかさという憧れに近づくことでもあったのです。
こうして全体を概観すると、画面の中でのキャラ配置が、心情と見事にリンクしていることに気付かされます。端的に言ってしまえば、”千枝が画面に大きく映っているカットを追うだけで8話のストーリーが理解できてしまう”のです。
これは8話全体を通じて、コンテの段階からレイアウトに上手くメリハリをつけ、重要な*4シーンを視覚的に限定しているからこそできる芸当です。脚本上大事な場面にピンポイントで視聴者の注目を集めるカットを持ってくることで、注目すべきポイントを画面を通じて絞りこみ、重要な心情を的確に印象づける。そんな計算され尽くしたコンテワークが為されていたと言えます。
さらに、台詞に先んじて演出で心情を描写できている点は、分かりやすさが求められ、何事も台詞で説明しがちな現代アニメにあって特筆すべきポイントでしょう。台詞に頼るよりまず先に、画面を通じて視聴者の感情や心理に訴えかけることで、千枝の心情の変化をより鮮明に、効果的に伝えることができているのです。
総じて非常に完成度の高い話数で、コンテ・演出のお手本と言っても差し支えないほどだったと思います。これほどまでにアニメーションに工夫が満ちていて、かつ効果的に脚本の説得力を高めている話数は、せいぜい1年に数本あるかどうかでしょう。
そしてそんな8話の絵コンテ・演出を務められた片岡史旭さんは、なんとこれが僅か2度目の絵コンテ・演出担当回(単独では初)*5。今後のお仕事にも是非注目していきたいところです。
*1:視聴者の注意が向くように演出家が作り上げた
*2:一方で、バトルものなどでは感情が読めないことが、”底が知れない”ことに繋がるため、強者の象徴として目を映さないレイアウトが用いられることもある(目を隠して口元だけニヤリとさせたり)。この場合は視聴者にワクワク感といった正の感情がもたらされる。また何かを企てている場合にも目を画面の外に出すことがあり、この場合は何をしでかしてくれるのかというワクワク感がもたらされるか、あるいは不穏な空気が立ち込めるのか、キャラクターの立場や属性によってもたらされる印象が変わってくる。いずれにせよ、”キャラクターの感情が読めない”、”何を考えているのかはっきりしない”ことが視聴者に何らかの心理をもたらして、強い演出効果を生むことには変わりない。
*3:開始9分すぎ
*4:視聴者の目線から重要そうに見える